2008年01月31日

貴方は幸せになっても良い人ですか?…その3

これから親になろうという私が言うのもおかしい話だが親は無力だと痛切に感じている!

親は子供に何が出来るのだろう?そう大した事は出来ない親が一般的だ。子供の成長が拠り所だったり、子供と共に自分が成長できたりといった類の話にしか親の事は進展しないのではないか?と思う事が多い。しかしそれで良いのだと思う。

どんどん家族から切り離されていく毎日の中で愛情を感じることは不可能だった。もっとも愛情があったかどうかはかなり?になると思うが今となってみればそんな事はどうでも良い事になっている。生前の関係からしても親子の関係は金の関係のみに生きていたと思って良いと感じている。生活すれば金がかかる事は当然だと思われるがその事そのものが母親には許せなかったらしい。要は扶養の義務を果たす事を拒否したという形になった。母親は私に関する金の支払いは極端に嫌うようになっていた。食費は勿論で服装や教育等という事は論外に過ぎない。裸で何が悪いのかというレベルの話になっていたと思う。あからさまに支払いを拒否する母親を受け入れなければ生きていけない私もいけなかったのだが…。しかしそれがライオンが我が子を谷底に落とす事になるのだろうか?

「自分の子供だから面倒みてあげたらどうだ?」と親戚他関係者の何人かがその当時に母に言ったとつい最近知った。もう亡くなってからそんな話を聞いても余り意味がないと思うのだがそのような状況はあったと思って良い。毎日暗い家に帰る事の辛さは慣れなかった。誰もいない家はとても広く感じた。良く私が納まっていたのは足踏みミシンの中だった。膝を折りたたんで足踏みミシンの踏み台の中でよく泣いていた。母の笑い声が聞こえても私の所にはその笑い声が私には届かず余計惨めな思いになった。私の泣き顔を見せては母が悲しむと思った私は母の友達や親戚の集まりに顔を出す事は躊躇われた。段々に子供らしくない顔を窺うような子供になっていた。私の選択眼が養われたのはこの頃だと私自身は思っている。

いろんな出来事を繰り返しても根本が同じでは結果は同じになってしまう。親は私に変わる事を要求し続けてこの世を去った。その当時でも思っていたが自分が変わったほうが早いだろうに…!殴る、蹴るを繰り返し、自分の都合に合わなければ家から追い出して変わる事を強制し続けた両親だったけれども両親の思いは達成されたのだのろうか?もっともその達成の中に私が入っていないかった事は後の遺言で明らかになってしまう。「ここはお前の家ではない!」といわれて育った私がこの家の主になっている事すらなかなか自分でも違和感がある。それでも時は動いている。私の人生も半分があるのか分からない時を迎えようとしている。

この家も処分して私自身の家を建てようかな?という思いもある。他人の家ばかり建ててもどうか?と思ったりもするがそれでは私の父とどこが違うのか?という事になってしまう。やはり親は無力なものなんだと思うのもこんな時かな?考えた愛情でしか愛情を表現出来ない私にとって愛情はかなりの未知数でしかないという事を切実に感じている。でも必ず結婚してみせる。(笑)<つづく>








Posted by ふじのおやまのヒデ at 09:40│Comments(5)
この記事へのコメント
今日は、いつもよりも早い時間にお邪魔することができたので、過去の記事もあわせて
ゆっくり読ませていただきました。
幾多の試練の中で、しっかり自分というものを持って生きてこられたのですね。
そしてそれが今のヒデさんの源になっていらっしゃるんですね。
全ての出来事は、無駄なことなど何1つないと私は思っています!! (*^_^*)
Posted by kirarakirara at 2008年01月31日 21:23
それは kiraraさん、貴方でしょ!!

まだ不安定なところもあるけれどもそれは kiraraさんの
持ち味といったところでしょう。だから安心して見ていられ
ますね。時折暴発?があるかもしれませんがでも大丈夫!
心配ない感じです。今の kiraraさんは無理の範囲を弁えて
いるので「疲れたら…休む」これが出来ますね。

多分これはアロマのお陰ではなく kiraraさんでしょうね。
kiraraさんが体験の中で学んだ事だと思います。
その上に多くの癒しをアロマから学んだので天下無敵?
そんな事ないか!?(笑)

でも疲れたら休んでくださいね。 kiraraさんの疲れた顔は
見たくない!
Posted by ふじのおやまのヒデふじのおやまのヒデ at 2008年01月31日 22:56
苦情は言葉に棘を忍ばせ、愛情は言葉に蕾をつける。
どんなにキレイな言葉を並べて上手に文章をつづっても
そこにココロがなければ、他人の心に留まることはない・・
感謝や喜びの気持ちの伴わない「ありがとうございます」は
ご挨拶や掛け声でしかないように・・。
ヒデさんの記事に惹きこまれるのは、ココロがあるからだと思います。
今日も蕾のおすそわけを頂いて帰ります。(*^-^*)

これからの多くの幸せが過酷な過去の引き換えだとは思いません。
怒哀の苦渋を舐めた者にしかわからない喜楽の甘美があるように
頑張った人しか得ることのできないご褒美があるのですものネ。(*^-^*)
Posted by じゅりんじゅりん at 2008年02月02日 10:56
四角四面に構えないと幸せが来ないとは思わない。それだけ幸せを受け入れるキャパが広がった!

じゅりんさんがくれる優しさが癒しになります。幸せの形に拘るより不恰好な幸せに感謝できる人間になりたいものです。
Posted by ふじのおやまのヒデ at 2008年02月02日 20:52
過去記事を何度かおじゃましています。
このブログは二度目です。
信じられないお話ですが、事実なんですよね。
つらい幼児期でしたね。
今日は時間ありましたので 過去記事をみる
ことにします。
Posted by ペンションみどり at 2008年07月15日 10:20
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